
千夜一夜物語、バグダッドの軽子と3人の女の話がやっと終わった。長かった。軽子が途中から何も言わずに居なくなってて草。
最後大団円風に終わってるけど、よく考えると全然大団円じゃなくて次の問題の始まりになってる。

千夜一夜物語、バグダッドの軽子と3人の女の話がやっと終わった。長かった。軽子が途中から何も言わずに居なくなってて草。
最後大団円風に終わってるけど、よく考えると全然大団円じゃなくて次の問題の始まりになってる。

もうコードは自分では書かないという前提で見ると ecma262 とか tc39 もちょっと違った見え方で見えてくる。
自分が書かないという以上に、自分以外の作業者もコードを自分では書かないという前提だと、言語の syntax がどうであるという情報の意味合いが結構軽くなってくるように思える。
代替手段が全くないレベルの大きな機能であればともかく、ちょっとした syntax の差分程度の新機能だと、あまり知っている必要がないという立場を取られても仕方がない。

claude, gcloud コマンドの、多分ドキュメントされていないだろう挙動についても細かく知っているのってなんでだろう・・・

千夜一夜物語、バグダッドの配達屋と3人の女の話、なかなか story in story 始まらないなと思いながら読んでてたら45ページ進んだところでやっと最初の story in story 始まった。こんなパターンもあるのか

celld っていうのが出てきた。なるほど

千夜一夜物語、漁師と魔神の物語まで読んだ。個々の話はシンプルなお伽話という感じだけど、お伽話の中に別のお伽話が入れ子状になっている(今のところ最大で4重入れ子の話があった)ことで話の構造が非常に複雑で理解が追いつかないぐらい入り組んでいるところが面白い。